職歴一覧②~高松編~

職歴一覧①につづいて、ここから、高松(香川県)編になります。

高松には6年半いました。6年半の間に昼間の仕事が13社。加えて、水商売のバイトもしてました。岡山時代に水商売をやってたので、高松でも躊躇なくはじめました。だって、昼の給料だけでは生活費が足りなかったんだもん。(-_-)

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28歳 某ミシンメーカー ~高松へ移住~

2回目の転機になった仕事。上場企業の個人向け営業部門。
コンピュータ化されたミシン(定価が30万円ほど)に感動したのと、飛び込み営業を経験したことが無かったので、経験に勝るものはなし!と思い入社。個人宅への軒並みピンポン営業。

朝、営業みんなでどっかの地域に乗り込み、ぼてっとおろされ(1人で)、その地域をくまなく1軒1軒ピンポンして午後からのアポを取り、午後から営業に周り契約をとってくるというもの。

そりゃもう、ほとんどが不在でいても断られるのが当たり前の世界。でも負けじとピンポン。萎える気持ちを奮い起こしながら、次のお家へ進み、会えたり話ができたら、食いついて逃さない。(笑)

こういった飛び込み軒並み訪問営業には、やっぱコツとポイントがあり、それをだんだん体得。商材のミシンも必死に使い方を勉強して、色んな小物が作れるようにまでなったいたので、アポ取りからプレゼン、契約、納品、使い方指導までぜんぶこなした。

で、入社2ヶ月目で、ミシン8台売り、全国10位内に入った。もち支店では1位。ここでも、中四国統括部長に気に入られ、部長が来る度にランチはご馳走になっていた。当然、本部との情報網も確保し、入社数ヶ月でありながら、数十年いるような態度だった。(笑)

入社8ヶ月めにして、以前やってた美容の仕事での経験を買われ、高松へ転勤。高松では、新店舗(新規事業)の店長として勤務。店内の改装からパート募集、人材育成、営業、顧客管理・・・さまざまなことを学んだ。

初めての一人暮らし。知らない土地で知らない人達。孤独との戦い。右も左もわからず、まったく0からお客さんをつくっていった。この転勤がきっかけで、以後6年間高松に住むことになった。自分を知り、孤独を知り、生きていく智恵を身につけた。

この頃、月40~50万ぐらいの支払いがあった。給料だけではやっていけず、高松移住後、水商売にも入った。そこで高松の県民性を見て取れた。今思えば、一人暮らしをしながら、毎月数十万円の支払い。よく生活できたもんだわ。実家から逃げてきたようなもんだったから、どんなにしんどい生活でも岡山に戻ろうとは思わなかった。

ネットワークビジネス

その時、好きな人がニュースキンをはじめた。で、手伝うつもりで登録。最初の1・2ヶ月は、大きい数字を出した。が、すぐ飽きた。化粧品や洗剤等。マメにフォローを入れることでリピートをもらってやっていく商売は向いていなかった。

某カツラメーカー

反響営業。内向的な業種の営業が知りたくて、軽い気持ちで応募したら受かったので入社。でも、人のコンプレックスにつけ込む商売に嫌気がさし、4ヶ月で退職。一応、数百万の売上はだした。しかし・・・すごい世界でしたわ。お客さんが限られてるからね。

呉服屋

リスト営業。ただ着物が欲しくなり、現場へ入った。(もち着物は社員価格で買った。)着付けも学んだ。着物を買うと満足してしまった。(笑)

呉服業界を理解した。50万円で買った着物。1度だけ友人の結婚式で着て、その後、他の友人が結婚するってことで、お祝いとしてあげちゃいました。いよっ太っ腹!(自画自賛)モノって買うまでが楽しーのよねー。(笑)

ジュエリーショップ

店頭販売。岡山時代に一時バイトしていた店が高松出店ってことで、オープニングスタッフとして半年勤務。商品レイアウトや包装。店の飾り付けなんてお手のもんだった。こういうものも得意なんだと再認識。社員が若手の新人ばかりだったので、販売教育もしていた。当然、店長の次に売上を出していた。

塾事務

教材をつくる仕事をバイトでしていた。このときの日記を見ると、泥沼の心理状態だったみたいで、ほとんで何をして生きていたのか覚えていない。水商売で生活が成り立ってた。

会計事務所

飲み屋のお客さんからの依頼で、申告時の手伝いに入った。入力が主な仕事。その先生は、実際税理士の資格はもっておらず、引退された先生の印鑑を押していた。そんなことが通用するなんて知らなかったので、びっくりした。

32歳 ITベンチャー企業

3回目の転機になった仕事。エンドユーザー向けの営業しかしてなかったし、ネットに興味があったし、支店開設の時だったので入社した。12人中女性は私1人。中小企業向けの法人営業は、まったくの初体験。

タウンページの「あ」のページから片っ端にTELをしアポをとりレンタルサーバーの営業をした。インターネットも初めて、WINDOWSも初めて触るレベルの超初心者だった。レンタルサーバーとはなんぞや?ドメインとは?の世界で、0から独学猛勉強。

数日の研修が終わり、いざTELアポ営業が開始になった1時間もたたない間に、アポ1件獲得。たしか1週間以内には1件目契約。1ヶ月目で支店1位になった。この時も法人営業とインターネットにはまり、水商売を辞め、本気で取り組んだ。

毎日、日中は営業、夕方からミーティング。皆が帰る夜9時以降からホームページの製作を独学勉強。毎晩深夜の帰宅。それでも新しい知識を得ることが楽しくて、夢中で仕事してた。

3ヶ月目でチーフ。10ヶ月目で支店長。支店長2ヶ月目には単月黒字。3ヶ月黒字をキープ。さぁこれからだ!という時の1年と4ヶ月目に突然の支店閉鎖。あっけなく解散。

でも、この仕事で法人営業でも充分通じるんだと自信を得る。これ以降、法人営業が楽しくなった。ついでに言うなら、自分が支店長になる前に配属された人を「こいつ使えん!」と2人も追い返したので、役員からは要注意人物と見られていた。(笑)

けど、私の言うことは筋が通っていたし、支店の顧客は全部把握していたし、実績も出ていたので、役員が高松支店に来るときは、なぜか手土産持参だった。(他の支店ではなかったらしい。笑)

IT系の仕事ができるようになったのは、この会社に入ったおかげ。現在もっとも活かしている仕事。このときのお客さまとは今でも繋がってて、高松に行けば、いつでもご飯が食べられる。(笑)

クリーニング屋

IT系ベンチャー企業の時のお客さん。給料が下がったのもあったし、この会社のWEB製作もしてたので、バイトで使ってもらった。クリーニング屋さんの流れを理解。パートさん達のまじめな仕事ぶりに感動。

外資系保険会社

外資系の厳しさを実感。さすがに、インフラはすばらしかった・・が田舎の支店では誰も使えず。あまりのギャップに半年で挫折。ここでも支店長に気に入られ、相当引き止められたが、命を扱う商売はどーしても出来なかった。。

派遣社員3 オフィスクリーン会社

派遣社員。スーパーバイザーとして新商材の取り組み。1ヶ月目、ほぼ売上を倍に。2ヶ月後、担当上司とケンカして首。言いたいことを言い過ぎた。違うとわかっていても言えない変えられない、世のサラリーマンの哀しみを感じた。(笑)

派遣社員4 某飲料メーカー

派遣社員。競合を勝ち抜き契約。ルート営業3ヶ月。もち目標は達成。イベントネタも成功し、色んなことを知ってる私は重宝された。いいとこの大学をでた社員が、1日の大半を移動時間に使っているのを知って、ものすごく驚く。なんて無駄の多い営業なんだろうと。

実際、どれほどの効果があるのかと不思議に思った。それでも、ちゃんとしたお給料をもらえるんだから、ちょっとだけ羨ましいな・・・とは思ったものの、私にとってのルート営業は、いくら数字が出ようともちっともおもしろくなかった。

やっぱり、新規開拓から仲良くなってお客さんを作っていくほうが性にあっていると気づけたので、経験してみた良かったとは思っている。辞める時、お礼にと、そこの飲料2ケースにプレゼント商材を一通りもらった。私が辞めた後、私がいた派遣会社は継続して契約は取れなかったので、担当者に怒られた。(笑)

派遣社員5 某家電メーカー

派遣社員。パソコン販売。↑の飲料メーカー勤務と同時期にやっていた。平日は飲料メーカー。土日祝は、このメーカー担当として、大型電気ショップで店頭販売。

多い時は2日で8台ぐらい売ってた。売ったパソコンは、電気ショップの販売員さんにつけてあげるので、すごく喜ばれ、私の担当するメーカーのパソコンを売ってくれるようにもなった。

メーカーへの日報内容も大変喜ばれ、メーカーの課長さんが、わざわざ店頭まで来て、食事を奢ってくれた。派遣社員でありながらも、担当課長さんにお礼はがきを送ったのがきいたみたいで、派遣会社もメーカーの課長直々のお出ましに驚き、たいそう喜んでくれた。

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