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AIを勉強しようと、GoogleAI検索モードを相棒に有料noteを書いた。AIを相棒にすることで、6万字のnoteを書き上げることができた。
AIを使えば、面倒なことも簡単にやってもらえる。これば便利だーと、以前から考えていた、手相観ブログのkindle化をやってみることにした。
元々のブログ記事を渡せば、AIが再編集してくれるので、約1000ページある手相観ブログを知識カード化して、kindle本を2冊だしたとこで、脳がフリーズした。
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AIを使ってたら、AIの従者になっていた。
1冊目の時は、知識カードを元に構成からAIにやってもらい、AIが出してきた構成に沿って、章立てを作ってもらい、章立てに沿って、見出しごとに下書きをだしてもらった。
知識カード化されているので、どんどん下書き原稿ができてくる。これはスゴイ!楽々~と、AIが出してきた下書きを読んで直してを繰り返して、あっという間に約10万字の本ができた。
この時、使っていた脳は、「AIが作った章立てに沿って最適化する編集脳」で、主従関係で言うなら、AIが「主」で、私が「従」の立場。完全にAIに使われている感じ。
2冊目に入った時、これではいかん!とAIを主にしないように、1冊目ではAIに丸投げだった構成から考えるようにして、章立ても意見をいれて、見出しから編集まで、それなりに考えながら完成させた。
元は私が書いたブログ記事を元にしているので、私の文章なんだけど、一旦AIを通すと、やっぱりAIの文章になってしまっていて。これは、他人が読んでも分からない違和感だと思うが、どうにも違和感が拭えなかった。
脳がフリーズして3冊目が書けなくなった。
手相のテーマごとに5冊を出そうと思っていたので、続けて3冊目に入った途端、なんだか脳の動きが停止したかのように、3冊目の原稿が進まなくなった。
AIが出してきた下書きを編集することはできるけど、この文章で本当に良いのか?この文章で伝わるのか?私の伝えたいことはこれでいいのか?等々、よく分からなくなり、手が止まった。
出てきた下書き文章を眺め見て、編集していくだけの作業ばかり行ってきたせいか、ゼロから文章を書くための脳が動かなくなっているようで、やるべきことは分かっているのに、何も進まない何も書けない。気持ちは焦るけど、いざ、編集画面になると思考が止まる。
AIに脳を侵食されているように感じる。脳が退化しているように感じる。家事はできるけど、クリエイティブな創作ができない…。
これはどうしたもんか?この違和感や言語化できない感覚は何なのだろう?確か、AIを使いすぎると脳の活動が低下するという研究があったはず…と調べてみた。
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MITメディアラボの「ChatGPTを使うと脳の活動が低下する」研究
2025年に発表された研究。ChatGPTを使って文章を書くと、自力で書いた場合に比べて脳の神経活動が最大55%低下し、記憶力や執筆内容への愛着も低くなることが示されました。
- 脳活動の大幅な低下: ChatGPTを使ったグループは、自力で書いたグループと比べて脳の活動が最大55%減少。
- 記憶力と理解度の低下: 自分が書いた内容を思い出せない割合が高く、文章への満足度も低かった。
- 認知的負債(Cognitive Debt): 便利さや効率を求めてAIに思考を外注し続けることで、自力で考える脳のネットワークが徐々に弱まり、ツケ(負債)として回ってくる。
いや、まさにこれよこれ。「記憶力や執筆内容への愛着も低くなる」がドンピシャ。
自分の文章のはずなのに、何を書いたか記憶に残らず、なんでだろう?と思ってたけど、ゼロから自力で書いてないので脳の神経活動が大きく下がり、自分で考える脳のネットワークも弱まっているからだそうで。
AIを使い始めたことで感じていた感覚は、あながち間違えじゃなかったことが研究でも立証されていたことが分かり、誰でも同じようになるんだな。とちょっとだけ安心した。
AIは便利だけど、使い方を気をつけないとAIに脳を使われるだけになって、自分で何も考えられなくなりそう…と、ちょっと恐怖心を感じていたら、「認知的降伏(AIへの脳の明け渡し)」なんていう怖いワードを見つけてしまった。
脳は本能的に怠惰
認知的降伏(AIへの脳の明け渡し)とは、人間が自身の思考や検証のプロセスを停止し、生成AIの出力を無批判に受け入れてしまう心理現象のことだそうで。現代のAI依存における大きな懸念点となっていると…。
AIが自信満々に、もっともらしい流暢な文章を出力すると、人は内容を疑わずにそのまま正しいと信じ込んでしまったり、間違った答えを出した際も約8割の人がそのまま従ってしまったり…。
AIへの依存度が高まることで、自分で調べて、迷って、知識や考えを組み立てるというプロセスを手放し、AIの出力を疑うことなく自分の考えにしてしまう思考停止の状態が常態化してしまうのは、一種の脳疲労であり、考える負荷を減らしたいという人間の本能的な怠惰さから起こる現象らしく。
簡単に言えば、AIを使いすぎると脳は本能的に省エネモードになるってこと。
AIに脳を使われるだけの人
パソコンやスマホによって記憶や記録を自分の脳に置いておく必要がなくなり、AIの登場で思考すらも外部に委ねることができるようになってしまい、「使わない筋肉は衰える」という人間の原則通り、使わない脳の回路は衰える。
AIへの依存度が高くなれば、気づかぬ間にAIに脳を明け渡すことにもなり、認知的負債は増えていく。
クリエイティブ脳を鍛えてきた人なら、AIに依存することによって起こる脳の違和感に気づくと思うけど、クリエイティブ脳を鍛えることなく、AIに思考を外注化することを覚えてしまった人は、この違和感に気づかないだろうし、伝えようにも、きっと伝わらない。
この先、「AIに使われる人と、AIを使う人」の差が大きくなり、AIに使われる人は、AIに使われていることにも気づかずに、AIに脳を侵食されていく…。どんなホラーより怖いわ。
AIは、確かに便利なものだけど、使い方を間違えないようにしないと身を滅ぼしかねない。
使わなければ衰えるから使っていくようにしよう。
ゼロからブログ記事を書くクリエイティブ脳を使いまくっていたのに、AIの出力を最適化だけしていく編集脳ばかり使うことで、クリエイティブ脳が低下して、今の状態になっていると分かったはいいが、これをどうしたもんか?
何事も使わなければ衰えるのは分かっているし、AIに脳を乗っ取られないように、ここは一旦、AIに従じるだけの脳の使い方は止めて、クリエイティブ脳を呼び起こすことが必然。
できるだけAIは使わず、検索程度に留めて、ゼロから自力でブログを書いてクリエイティブ脳の回路を復活させるように鍛え直すことと、体の動きに連動して脳を動かすようにしようと考え、久々にパートのおばちゃんになろうと決意。
暑さもあって、家に引きこもってばかりだけど、経済的にもヤバイので、まずは週3回ほどからパートにでるようにして、強制的に体を動かすようにしようと思ってる。
アラ還なので、すぐにパートが見つかるかは分からないけど、暑さに負けず、がんばってみるわ(◜ᴗ◝ )
