Panacee(パナセ)

パナセはフランス語で”万能薬”という意味です。「天職探して、転職30回!」の経験を活かして、小さな会社の社長さんをサポートしています!

生と死

投稿日:2004/01/24 更新日:

親子であっても、親は子を選べず、子も親を選べない。
これも、見えない何かの力によってもたらされる縁で、友人、知人、お客様、どの縁をとっても、やっぱり何かしら必要としてもたらされる縁で、どんなにイヤな相手でも、何かそこから気づくために必要不可欠として出会わされると私は思っている。

23歳の頃、宝石店で仕事をしていた。そこの従業員に数歳年上の男性社員がいた。どう表現していいかわからないけど、なんだか信用できない人だった。なんとなく感情の冷たい人だった。詳しくはわからないが、彼の両親は事故でいなかった。だから保険金で数千万円のお金を持っていて、働く必要の無い人だった。若かった私は、当り障りなくやっていた。職場は皆の仲が良かったので、毎日楽しくやっていた。その仕事は半年~1年近くやっていたように思うけど、美容の仕事を始めて辞めた。その後、彼は店長になった。同僚達からよく彼の悪口を聞いていた。私はよく「そんな自分の首を締めるようなことをしてると、そのうち死ぬよ」と深く考えずに言っていた。

その数年後、彼は首をつって死んだ。そこの同僚からの電話で死後知った。死んだ理由はわからないが、お金があっても何も幸せは得られないことだけは実感した。彼は人を恨みながら死んでいった。首をつってる、その瞬間、自分のせいになどしていないだろう。だけど、首をつるまで追い込まれたのは、他の誰でもなく自分のせいでしかない。自分の他人に対する行動が、すべての原因であることに間違いないはず。

その時、思った。私は人を欺かず正直に生きていこう・・・と。
悪口を言うのは簡単で、人を貶めるのも簡単かもしれない。けれど、そんな事をしなくても、人を欺いてきている人間がきれいに死ねるわけがない。私をいーように利用した奴もいた。その時は腹も立った。何かしてやろうかとも思った。だけど、時間の無駄だと思ったし、何より、私が何かしなくても結果は見えてる。

生まれた限り、必ず死がある。それは明日かも知れない。だから後悔しないように、また後悔したって戻れないのだから、前を見て進んでいくしかない。お金があったって幸せにはなれない。そこに心がないと・・『うれしい、楽しい、幸せ』という感情を自分がもたないと、どんな状況でも幸せではない。

昔、水商売をしている時、病院を2つも持っている医院長先生が来ていた。リュウマチの権威だった。病院関係の人達は先生を見ると、皆棒立ちで挨拶をして緊張していた。けれど人のいい、小さいかわいい先生だった。私達の前では地位を振りかざすこともなかった。家族もいた。けど、先生は医院長室の奥の部屋に住んでいた。地位も名声もお金もあった。そして肺炎であっけなく死んだ。新聞に小さく載っていた。やり切れないむなしさを感じた。死ぬ時はあっけないもの。そして1人で死んでいく。

両親がケンカする姿を見て、自分の存在を疎ましく思ったし、何故生まれてきたのだろうと何度も考えた。両親の借金問題で家族離散した。父親は母親を殺して自分も死ぬと言い、必死に犯罪者の娘にだけはしないでくれと懇願した。母親はお金の無心ばかりだった。妹は私の住むワンルームマンションに逃げてきた。1年間面倒を見た。耐え切れなくなり、数年間親を捨てて生きた。何度となく、親が事故か何かで死んでくれることを祈った。自分が誰かに殺されることを望んだ。生きてる理由がわからなかった。家族全員に利用されているようにしか思えなかった。

昼間働いて夜働いて・・・毎晩浴びるほど酒を飲んだ。それが仕事だったから。そうして、必死にお金を作った。家族の誰もが私を頼ってきた。私の逃げ場はどこにもなかった。壊れてしまいたかった。狂えたなら楽だったかもしれない。でも壊れることも狂うことも出来ず、どこにも逃げれず、ただその時期を毎晩誰かに殺されることを祈りながら乗り越えた。

ある日、悟った。どんなに困難な状況でも、すべて乗り越えられるからこそ与えられた状況なんだと・・・。そう思えた時に楽になった。そして強く生きていく心が出来た。幼い時にもらった両親からの無償の愛を思い出し、すべての状況に感謝出来た。私は無償の愛を受けて育った。だから人を愛する事も自分を愛することも出来る。

そして今、実家で両親と共に暮らしている。数年前の状況が信じられないぐらい平和に過ごしている。今があるのは、あの時死ななかったから。生き抜くことを決意したから。だけど、家族の心の問題はまだ解決できていない。妹は結婚したが、1番ひどい状態の時の心の問題が解決できずに、実家には一切立ち寄らない。去年生まれた初孫。父親はまだ1度も会っていない。何より可哀想なのは父親だ。写真さえも見ていない。

日本に生まれて女性として生まれて、今ここにいる限り、何か出来ることがあるはず。世界を見れば、どれだけ自分のいる環境が幸せであるかを実感する。そこに爆弾が落ちてくる心配など、そうそうと無いのだから。仲の良い人たちが簡単に死んでいくことが無いのだから。

私は人に対してへつらえることも出来ないし、納得できないことをやり続けることも出来ない。賢い生き方ではないのかも知れない。でもそれでいいと思う。仕事をする以上、我慢はある。忍耐も必要。でもそれは人間でいる以上当たり前のこと。だけど、イヤイヤ食べるためだけに続けていくことは出来ない。私でなくても出来る仕事は他の人にお願いすればいい。

どんな場所でも結局は自分の心次第。親や性別や国籍など選べない状況にいる以上、選べるものは自分の心だけ。この心-感情・思考が自分のすべてを左右する。自分が楽しめば人も楽しむ。自分がギスギスすれば相手もギスギスする。すべては自分の心次第。私を必要としてくれている人たちのために、私が存在するのだから、人として人間として人の間で生きていこう。決して猫にはなれないのだから。

人は知らない間に良かれ悪かれ他人に影響を与えている。どうせ影響を与えるなら、その人にとっていいように影響を与えたい。それが生きていく意味になると思うから。生まれて死んでいくまで、たくさんの方との縁が生まれる。そのうちほとんどは途中で消えていく。今日今ここに生かされているのだから、自分の出来ることをやっていこう。

人間するのは大変だ。だけど人間で良かったと今心から思う。
そして今在る事に心から感謝できる。すべては魂の修行。
愛をいっぱい持って、いっぱい与えながら生きていこう。
誰もが幸せになれるのだから。

もっともっと強い人間になろう。
何者にも揺るがない自分を創ろう。
私は私でしかないのだから。







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